居場所はきっとあるはずだから

備忘録を兼ねた日々のメモ帳

毎日 誰を想う?

冴

お久しぶりのお久しぶりです

前もこんな感じで書き出したような…

自分のブログも忘れている


人生で今が一番忙しい?そんなことはないか…

若い頃と違い体力が仕事量と比例せず そう思ってしまうに違いない 頭も身体も引き出しがいっぱいで 何をするにもてんてこまいである 引き出しから何かを出さなければ次に進めないのかもしない


仲の良い友達とは もっぱらラインで

1〜2行 元気?いつ会える?

今は食べるために仕事をしている

心の余裕はまだない

特養で働いているが考えてしまうのは 自分の未来 今ではなく未来

こうはなりたくない

そればかりが頭をよぎり働いている


最後は幸せだったと そう思いながら迎えたい きっとそう思えるさ


定年を迎え これから自由だと楽しみにしていた父が亡くなり

母親とはもう何十年会ってないだろう

長男も然り

そして次男


こんな家族っているだろうか

いるよ ここに 自分だったね


私は一人っ子

両親は兄弟が多く たくさんの親戚がいて

盆と正月は必ず集まる

とんでもない数の人間が実家で何日も暮らす

それが普通だと思っていた

夏はみんなで花火をして 冬は新しい洋服を着てかしこまって きちんと正座で挨拶をした 照れくさかった


不登校引きこもり そんな従兄弟もいなかった それが当たり前だったあの頃


仕事で何人ものお年寄りに寄り添う

そこに家族はいない

月々のお金は引き落とし

会わなくても事足りる

心配はしないのだろうか

単純に会いたいと思わないのだろうか


今はこんな時代だと

共働きで子供の世話もある

親までは面倒を見れない

ましてや旦那の親なんて


現代の姥捨て山

そう思うのは私だけか


ボケた親 施設に入るともっとボケる

自立に向けてなんて程遠い

話し相手が欲しいのだ それだけで十分

それすらもしない 出来ない しようとしない…


でもね きっとうちと同じなんだよ

嫌な親だったのかもしれない

嫌な子供だったのかもしれない

誰にもわからないことなのに

可哀想と思ってはいけない


でも哀れである


こんな私でも大嫌いな母親が頭をよぎる

憎い息子が頭をよぎる

忘れたいのによぎるのだ

案ずるのでもなく懐かしいのでもなく


私は変わっていく祖母を見ていた

みんなで かわりばんこに面倒を見た

実家のおばちゃん(嫁)は 下の世話が大変だからあまり食べさせないでと言った


老老介護というが今は子供が面倒を見てくれない 自分の親の面倒をみないなんてと

母親ともう一生会わないであろう私が言う


子どもたちに面倒をかけるからと施設に入ってる人もいる なんと素晴らしい こんな親の子は幸せ?

ベロ出してせいせいしてるだろうな

そんな憶測をしてしまう

性根が腐ってる?私?


放って置かれても幸せだったと思う?

そんなこと考えることもなく生きている?


そんな私は子どもたちが小さかった時よりも

自分が小さかった時の自分が幸せだったと

思えるのだ すごく幸せだった 楽しかった

その瞬間があっただけで幸せだったんだよ


黒柳徹子さんが言っていた

裕福な日本で自殺者がいて

アフリカの貧困でその日その日を何とか生きている 親もいない 食べるものもない

なのに自殺者がいないって


私は仕事をしながら 子供達はどうしてるかな?主人は今頃なにしてるかな?早く会いたいなぁって思う 朝会ってるじゃん笑

そう思える人がいる


でも そう思える人がいないからって不幸せじゃないのよ

子供かいるから幸せ いないから不幸せ

そうじゃないのよね


人を思いやるって大事よね


なんかね

お金もないし寒いし 余計なことを考える今日この頃


そんな私の 数ヶ月ぶりの投稿でした

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